近代登山の黎明期、雲ノ平はそのあまりのアプローチの遠さから「最後の秘境」と呼ばれていた。
街の灯りから隔絶された北アルプスの最奥部、標高二千六百メートル付近に忽然と広がる平原、雲ノ平。その静寂の大地に踏み入ると、不思議な景色を目の当たりにする。柔らかな起伏を描く草原に点在する池塘、リズミカルに配置された火山岩、岩陰から青黒い枝葉をのぞかせるハイマツ、まるで整然と手入れされた日本庭園のような情景が歩みを進める毎に展開される。そして果てしなく広い空の下、アルプスの核心部の名山が競うように「天上の庭」を取り囲み、深い谷底からは黒部源流の沢の音が微かに響いてくる。いつしか私たちは原始の物語の世界に引き込まれて行く。