コロナ禍により、様々な状況下で困難に直面している方々に、心よりお見舞い申し上げます。


 ここでは現在の登山環境について、登山者の皆さんに注意深く状況の把握に努めていただきたいことについて記します。

〈現状と今後の見通し〉

 6月に入り、段階的に緊急事態宣言にともなう各種要請が解除される中で、自治体ごとの登山自粛の呼びかけも徐々に緩和されています。一方で、富士山や南アルプスの多くの山小屋が今シーズン通しての休業を発表するなど、事態は二極化する様相を呈しはじめています。
 個人(伊藤二朗)としての登山自粛に対するスタンスは当WEBサイト内の「登山自粛論」に記しましたが、自粛はあくまでも権利の消失とは異なるものであり、個々人の社会的な背景や生活環境などに基づいて判断されるべきことですので、冷静に状況を把握し、責任を持って行動することが大切だと私たちは考えています(責任を持つというのも、失敗が許されない、ということとは無関係です)。
 バッシングを恐れる向きもあるとは思いますが、答えのない不安に対する混乱は避けがたい側面もあります。今は、可能な限りトライを認め、エラーも認める中で、病気のリスクと社会経済のダメージのリスクの均衡を図っていくしかない段階だと感じます。
 いずれにせよ、現在の登山環境では、ウィルス対策以外の事柄についても平時より高い危機管理能力が問われていることは間違いありません。
 まずは関係機関、国、自治体などの情報確認の徹底を図ることを強くお願いします。

〈登山の現場で起こり得る様々なリスク〉

 ここからは、今後登山の現場で起こり得る様々なリスクについて考えてみたいと思います。

 これまでも様々な形で発信してきたように、日本では国立公園を所管する行政機関の人材や予算が不足しており、実効性のある管理体制が確立していません。北アルプスの場合、民営の山小屋が緊急避難場所であるとともに、登山道の整備、遭難救助、情報発信、キャンプ場の運営、公衆トイレの管理、行政や学術機関の活動拠点の提供など、多くの公益的な役割を担うことで登山の環境は維持されてきました。
 そのため、今後コロナ禍に伴って山小屋が営業規模の縮小や休業を余儀なくされた場合、登山者の皆さんに様々な影響が生じることは避けられません。

 特に心配されるのは以下のような事柄です。
 (ここでは主に、影響が顕れやすい「営業小屋が多い山域」を想定しています)

① 山小屋が営業しない場合、その山域を管理する人材がいなくなります。

 例えば、雲ノ平山荘ではシーズンで最大10名のスタッフがおり、宿泊業務以外にも適宜登山道整備や遭難救助の初動対応などの役割を担っています。しかし、営業休止(もしくは規模縮小)になった場合、山小屋は基本的にスタッフを雇うことができなくなります。建物の保守点検などのために2、3人程度の人手を駐在させるとしても、遠方の遭難救助や、台風などによる大規模な登山道の損壊には対応できなくなります。感染症対策の観点から、山小屋を避難施設として使えない可能性もあり、様々な局面で登山のリスクは大きくなります。

② キャンプ利用のマナーが求められます。

 仮に、夏になっても事態が大きく改善せず、かつ社会活動の制限が中途半端な場合(地域によって異なる対応、移動の自由はある、曖昧な自粛要請で人々の判断に誤差が生じるなど)、山小屋は宿泊営業できず、キャンパーだけが大勢行き交うという状況も想定されます。

 近年は繁忙期のキャンプ場の過度な混雑が、環境への負荷の観点から問題視されているものの、未だにほとんどの国立公園で、利用者数をコントロールする公的な仕組みなどは整備されていません。
 山小屋・キャンプ場の営業の可否や感染症拡大の推移次第ではありますが、管理体制が脆弱になった状況下では登山者の自立したマナー・責任感が強く求められます。

 また、このことを受けて、各地の山小屋では、キャンプ場を予約制にする動きも広がっています。予約制の場合は、確実に予約・手続きをしてから利用するようにしてください。
 管理が困難であるという理由からキャンプ場の閉鎖に踏み切る動きもあるため、事前の情報確認は不可欠です。

「山の荒廃」を防ぐために、改めて以下のことを強く心がけてください。

  • 指定地外でテントを張らない
  • ゴミの持ち帰りや屎尿の処理の徹底
  • 植生の踏み荒らしをしない

③ 遭難救助の体制が脆弱になる可能性があります。

 上記の項目と重複しますが、状況次第では遭難救助の体制が脆弱になることが考えられます。例年であれば、登山シーズンの繁忙期に、各地の山小屋に常駐する県警の山岳警備隊や遭難対策協議会のメンバーの動きも変わってくる可能性がありますし、診療所の開設にも影響が出る可能性があります。登山道の人通りが減少した場合、怪我をしても発見が遅れることもありえます。
 登山者が各自でリスク管理をできるよう準備をする必要があります。

④ 新型コロナウィルス感染症対策について

 山小屋の営業の可否に関わらず、少しでも新型コロナウィルス感染の疑いがある場合には、登山を見合わせてください。
 一般的に、高山地帯では病気が平地に比べて悪化しやすくなる傾向もあります。
 体調管理の徹底をお願いします。

(感染症対策については、一般社会で実践されている内容を参考にしながら、個々人の判断に基づいて行ってください(登山中のマスクだけは危険です)。過度なウィルス恐怖症は社会的な副作用(生活、文化、経済のダメージ)を必要以上に増幅させてしまう懸念も指摘されている段階ですので、ここでは個別具体的な対策を列挙するのは控えます。今後、各分野におけるケーススタディを参照する中で、持続可能なリスク管理の在り方を模索していくことになると考えています。)

 以上のことを踏まえた上で、まずは山行計画を立てる段階で、山小屋の営業状況や遭難救助体制などの情報収集を慎重に行ってください。

〈おわりに〉

 私たちは、コロナ禍によってある種の鎖国状態になり、各種エンターテインメントの活動も制限されている今、アウトドアレクリエーションは大きな心の支えになり得る存在だと考えています。
 しかし、このような状況下では、通常にはないリスクが生じ、いつも以上に登山者の危機管理能力やマナーが問われているということをも同時に理解していただければ幸いです。
 現状を冷静に把握し、それぞれが置かれている立場や状況に最大限の敬意を払いながら行動することで、事故やトラブルを未然に防ぎ、豊かな自然体験が再開できるということを私たちは信じています。
 お気をつけて山にお出かけください。