本棚の新調はこの数年の悲願だった。集めた本が収納しきれなくなっていた上に、今までの本棚は、山荘の建て替え時に余った床材で、間に合わせのつもりで作ったものを8年間も作り変えずにいたものだ。
そもそも、本棚はただの家具でも、収納機器でも、装飾品でもない。他人の家に行って本棚を見ればおおよそ、家の住人の指向性や人生の背景などがうかがい知れる、と言われるように、それはある種の人生の影法師、あるいはアイデンティティーの住処でもある。装いを新たにし、人々の想像力を掻き立てる存在感をまとわせたい。
また、雲ノ平山荘では、従来の「登山の通過点」としての山小屋の捉え方を更新し「心地よく滞在して、自然をより深く味わえる居住空間であること」を目指している手前、訪れる人が「ゆっくりと本でも眺めよう」と自然に思える緩やかな時間の流れを生み出したいという思いがあった。デザインは奇をてらわず、この数年間継続してきた木とアイアンの融合したものとし、簡素でいて機能的なもの、無駄な主張はせずに室内空間に調和し、適度な厚みをもたらしてくれるものを目指した。
アイアンのフレーム部はもちろん金属工芸家の羽入直記氏の製作である。
この本棚の完成以降、それとなくロビーでゆっくり読書を楽しむ人が増えていることに、僕は密かに、大きな喜びを感じている。
インテリアデザインの究極は「時間を生み出すこと」である。
素材:ヒメコマツ・アイアン / 寸法:高2100mm×幅1700mm×奥300mm / 塗装:オイルフィニッシュ