雲ノ平山荘の物作り|Handcraft Works

雲ノ平山荘

Handcraft Works

セザンヌテーブル

Cezanne Table -2018-

僕は山小屋の理想像(ある種の幻想)として、何となく「ヨーロッパのどこか古い町の裏路地にある大衆酒場」のようなものを思い描いている。

それは例えばこんなイメージだ。薄暗い石畳の路地裏の一角にある古い木の扉を開けると、別世界が広がる。暖かい光、空間を満たす人々のざわめき、煤けた高い天井に食器がカラカラと触れ合う音が響き、その音を縫うようにしてレコード盤が奏でる古い歌がかすかに聴こえてくる。何百年もの間、人々が拠り所にし、喜怒哀楽を一杯のワインとともに飲み干してきた場所。幼子から老人まで、金持ちから貧乏人、善人も悪人も、旅人も近所の主婦も、そこではなんぴとも分け隔てなく、不思議な包容力を持って受け入れてもらえる。そして誰しもがそこでは寛容な気持ちに満たされる。意匠を凝らした内装空間であったとしても、作った当初の作為は、時を経る中ですっかり色褪せ、そこを行き交った無数の人々の思い出が、床や壁、天井の隅々みまで染み込み、訪れる者を、まるで見知らぬ誰かの記憶の中にでもいるかのような夢見心地にさせる…。

映画「カサブランカ」の主人公が経営する酒場「カフェ・アメリカン」をぐっと鄙びさせたような感じ、といったら短絡的だろうか(笑)

ここで何を言わんとしているのかというと、2018年に木組みで作った机の話である。上述のような幻想の酒場に、いつからとも知れずあるような机を作りたかった。そしていつしか、そのイメージが印象派の画家ポール・セザンヌの「The Card Players」の男たちがゲームに興じながら肘をついている机に結びついたのだ。いってみればその思い込みを日本の木工技法、素材に落とし込んでデザインしたのがこの机である。

この机は僕の純然たる「木工作品」としては最も良くできた物ではないかと思っている。ここでも「最小限の質量」にこだわった。木造の机に有りがちな4つの脚を補強するために下部に「H」型の桟を渡して補強すると、野暮ったくなる上に短辺側に座る際の使用感が大幅に損なわれてしまうため、上部の木組みだけで強度を出す構造にした。木組みのディティールが最大の味噌なのだが、言葉でそれを説明するのは不可能だ。ひと度組んでしまえば決してガタつくことも分解することもない、強固にそれぞれの部材が拘束し合う設計になっている。

デザイン性は「スタンダード」に尽きる。決して主張し過ぎず、素朴でいて洗練された、安心感を感じるものがよい。シンプルなデザインの場合天板の厚みをはじめ、各部材のサイズのバランス感や面取りの仕方などが印象を決定づける。

たまたま手に入れた栗の大きな一枚板が、ぎりぎり1200mm×600mmの仕上がり寸法に足りず、一部だけ樹皮を残すような仕上がりになったことが非常に素敵なアクセントになった。最後に着色について説明すると、この深い茶色は着色ではない。アンモニアを密閉容器で揮発させ、それに栗や楢といった木に多く含まれるタンニンという成分が反応すると自ら茶色に変色する、という作用を利用したものだ。これは、ヨーロッパの伝統技法らしいが、容器から染まり上がった机を取り出すときの感動はひとしおである。そんなこんなで、僕は密かにこのテーブルを「セザンヌテーブル」と呼んでいる。

素材:栗 / 寸法:長1200mm×幅600mm×高710mm / 塗装:アンモニア反応・オイル