山と僕たちを巡る話|登山道のこと(3)

雲ノ平山荘

山と僕たちを巡る話
第9回
登山道のこと(3)

文・写真:伊藤二朗 
Text & Photo by Jiro ito

北アルプスの最奥、黒部・雲ノ平での暮らしから垣間見えること。
登山道についての第3回は、環境保全事業の現実を語ろう。

 (前回からの続き)では予算さえあれば、ことはうまく運ぶようになるだろうか?そうではない。
 行政の側に「自然環境のプロフェッショナル」がいないことが、どれだけ深刻なことなのかということを、もう一歩踏み込んで表現したい。
 現状山小屋が日常的に登山道を維持管理していることは書いてきたと思う。しかしそれは個々の山小屋が、把握できる範囲を個別に扱っているに過ぎず、北アルプスの全域を俯瞰して、全体の計画性のなかで、自分のエリアの登山道の状態がどういう位置付けで、今後どんな優先順位で管理、修繕されるべきなのかという視点は持ちようがない。良くも悪くも能力の限り、やれることをやっているに過ぎないのだ。
 山小屋が登山道を管理せざるを得ないのは当面仕方がないことだとしても、いざ各地の登山道のコンディション(自然環境の保全レベル)に著しい格差が生じてきてしまったとしたら、当然国立公園として安定的に「機能」させるためには、より客観的な視点で管理計画を立てるべきだろう。その規模で物事を扱える当事者は行政のほかにあり得ないとは思うが、現状ではほとんど機能していない。なによりも人材が本当にいないのである。
 環境省のレンジャー(※1)にせよ、公共事業の窓口になる県の自然保護課にせよ、2年でまるっきり別人に入れ替わり、引き継ぎということもほぼ行なわれないので、言ってみれば役所は「ぴかぴかの一、二年生」状態の連続である。もちろん彼らには北アルプス全域がどういう状況で、どこに問題があって、個別にどういうバックアップが必要か、公共事業を立ち上げるとしたらどのような人材と技術、予算規模が適切か、ということを判断できる能力があるはずもない。わずか2年間で過去の莫大な資料や歴史的経緯、地域の人間関係の把握などもできるはずはなく、ひたすらに目の前の事務処理に忙殺されるのというのが通常だ。それゆえに、たとえいま、国立公園に多額の予算がついたとしても、まともにその使い道を計画できる仕組みはどこにもない。
 僕の少ない経験を挙げてみれば、いまから15年ほど前に雲ノ平で行なわれた木道の新設事業は、なかなか酷いものだった。2㎞ほどの木道を新設しつつ周辺の荒廃地を緑化するという話だったが、蓋を開ければ緑化どころではない。2期に分けて行なわれた工事で、2社の施工業者が落札したはずだが、実際に作業に当たったのは一貫して下請けの「じつに素行のよろしくない労働作業員のみなさん(※2)」であって、登山道周辺のハイマツなどを直線的にチェーンソーで刈り倒し、不必要に植物を踏み荒らす。植生復元のはずが、ほとんど用をなさない土留め用の丸太を当てずっぽうに撒き散し、その固定用の鉄筋の打ち込みが甘く登山道脇に無数に突き出していて危険極まりないなど、生態系と景観を同時に破壊するような工事が粛々と展開された。もちろん行政の監督官などは不在である。
 山小屋が介入しようにも「つべこべ言うんじゃねぇ。早く終わらせて帰りてぇ」というレベルの返事であって、取りつく島もない。僕も若かったので上手い対応ではなかったのには違いないが、それを差し引いても無茶苦茶というものだった。

 もちろん問題は施工業者だけではない。企画、視察、測量、製図、施工、検査というプロセスをことごとく別の業者や役人が請け負い、相互連絡が機能していないので、工程が進むたびに多くの協議内容が水泡に帰し、結果工事現場は上述の如し、最後の検査に至っても、流し見程度で終了である。その検査官は登山道の質の善し悪しなどわからず、景観や自然環境の視点ではない「資材が図面通りに消化されたか」の確認をしたまでである。果たしてこれは一体なんの事業だというのだろうか?
 その後、僕の強い抗議を受けて翌年度も計画されていた事業は取りやめになり、この工事は失敗例として一時は環境省のなかでも注目されたようだが、それも束の間、いまとなっては関係する役所の担当官でこのことを記憶している者はだれもいない。そしてあろうことか、上述の業者はいまも太郎平~雲ノ平地域のほぼ唯一の登山道整備業者として関与し続けており、昨年も折立~太郎平間で粗悪な工事に勤しんでいる(※3)というのが現実だ。
 その事業計画の段階で、昨春には雲ノ平で緑化の研究を共に手がける東京農大の下嶋氏と、富山県庁に過去の資料を持参して注意を促しに行ったが、例によって担当者は「新人さん」であり、ぽかんとした反応を返されただけであった。前任者は意識の高い人物で、自ら過去の失敗例を学び、今後の事業方針について僕らに意見を求めて来ていたのだが…とにかく、あまりにも多くのことが水の泡になり続ける。人事制度で経済的な癒着や談合を予防するのも良いが、手続きだけ合法で内容は自然破壊に大金を費やすような「自然保護」事業がまかり通るほうがむしろ犯罪的、と思うのは僕だけだろうか。
 経験や記憶を糧にし、目的意識や技術に磨きをかけて人類が発展してきたことを考えると、もはや役所のこのシステムは、歴史への倒錯した挑戦に等しいとさえ思えてくる。
 次回、もう少し「お役所」の話をしたい。(つづく)


※1)富山県全域にひとり。
※2)念のためにいうと、労働作業員に偏見があるわけではない。結果としてまったく不適材不適所だったということ。また、すべての公共事業がこうだと主張したいわけでもない。そして珍しいことでもない。
※3)この地域で入札に参加する業者がほかにいない、というのが言い訳のようだが、発注する行政側にほとんど見識がなく、状況を改善する努力自体が基本的に行なわれていない。

PEAKS記事

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