雲ノ平登山道整備ボランティアプログラム

雲ノ平山荘

雲ノ平登山道整備ボランティアプログラム
雲ノ平登山道整備ボランティアプログラム ステートメント ハイカーズデポ 勝俣隆「雲ノ平登山道整備ボランティアプログラム」に向けて 募集要項 ハイカーズデポ 募集ページ

雲ノ平登山道整備
ボランティアプログラム


文:雲ノ平山荘 伊藤二朗


雲ノ平山荘では山小屋とボランティアの協働による登山道管理の形を提案します。
なぜこのあり方が必要なのでしょうか。
今、私たちには自然環境との新しい関係性を築くことが求められています。

 日本では、歴史的に公的な国立公園の管理体制(環境保全体制)が弱く、また国民が直接的に自然保護に関与する選択肢も少ない中、国立公園は(観光)利用と保護のバランスにおいて、「消費的な利用」が支配的な状況が続いてきました。
 北アルプスでは、実に年間900万人もの利用者が訪れるとされており、これは世界の国立公園の中でも最大規模を誇る数値です。そこで生じる環境負荷及び経済効果は極めて大きなものであるにもかかわらず、自然保護に割かれる行政の予算及びマンパワーは先進国中では最低レベルに留まっています。

 その弱いシステムを補完する形として、民間の山小屋や山岳団体が、登山道整備や遭難救助をはじめとする多くの公益的な役割を担うことによって、国立公園の自然環境・登山インフラを維持してきましたが、近年、ゲリラ豪雨による加速度的な登山道の荒廃や、山小屋の経営環境の不安定化、人材不足、また山岳団体の高齢化などにより、従来のあり方が急速に機能しない状況になりつつあります。学術研究への投資も低迷していたことから、自然環境に関するエキスパートも不足し、強いリーダーシップを発揮して単独でこの事態を打開できる機関は事実上存在しないというのが現状です。
 そこに駄目押しとなるコロナ禍。

 大きくなり続ける課題を前にして、私たちには何ができるのでしょうか。

 「皆で協力し、積極的に自然に関わること。」

 当たり前のことのようでいて、なかなか一般化しづらいこの考え方こそが、今求められています。

自然を守るといえば重い課題のようですが、見方を変えれば、それは自然の懐により深く入って自然との繋がりを深めることです。

 先進諸国の国立公園では、管理計画の中の重要な要素としてボランティアが位置付けられており、組織的な教育プログラムが設けられ、行政機関だけではカバーできない様々な役割をボランティアが担っています。

 「誰かがやること」に期待するのではなく、人と人、人と自然がより日常的に関わり合うことで、喜びをもって学び合い、理解を深め、可能性や選択肢を広げていく。一人ではできないことを助け合って可能にする「自助≒共助」の考え方を発展させる中で当事者を増やし、やがて社会全体にとって「自分ごと」にしていくという発想です。

 世界の歴史を見渡してみても、アメリカの代表的なロングトレイルであるアパラチアン・トレイルは、自然歩道を作ろうというアイディアに賛同して、沿線各地のコミュニティーが次々と連携して整備が進み、それを国がナショナルトレイル法として、国立公園と同じレベルでバックアップするという制度に結びつき、19世紀に起こったイギリスのトラスト運動も自然保護の制度(公助)がないところから、市民らが連携して守りたい場所の土地を購入するという活動がやがて社会の大きな潮流になり、やがてナショナルトラスト法(買った土地が制度で守られる)に結実しました。

 公助は社会の意志として生み出すものであり、社会の方向性を決めるのは、政治でも、一個人でもなく、人と人が関わりあう力です。
 人々が学びと創造の意識で世界を築いて行く活動が影響力を持つほどに、自然に関わる仕事は「一部の人の趣味」でも「僻地労働」でもない、誰しもが共有するべき文化であり、価値観であり、ひいては持続性の高い経済活動にもなります。

 あたりまえのことではありますが、私たち人間は自然がなくては生きていけません。
 これまで日本では、山といえば「登山」のイメージが先行し、国立公園の問題も一部の人たちの「趣味」の問題として捉えられがちでした。しかし、気候変動や資源の枯渇の脅威、コロナ禍によるグローバル経済の矛盾が突きつけられる今、世界的に社会と自然環境との関係性を見直す機運はかつてなく高まっています。その自然の価値や美しさに対する感性を磨き、学びを得るための場所こそが国立公園なのです。

 「ここではない、どこかに」ではなく、「ここで」何ができるのか、この場所で世界と向き合い、美しさを創造するのは、自分たち自身である、ということを共有する時期が来ていると私たちは考えます。

 初年度となる今年は、近自然工法による登山道整備の第一人者である北海道山岳整備の岡崎哲三氏を講師にお招きし、共に自然と関わるための様々な視点・技術を読み解きながらきめ細かい活動を展開していきたいと思います。

岡崎哲三
岡崎 哲三氏 (プロフィール)

 また、参加者への窓口及びプログラムの共同運営を、ハイカーズデポの勝俣隆氏に担っていただき、登山道の現状を客観的な情報としてデータベースに落とし込む作業を環境コンサルティング会社の景域計画(株)に依頼することで、今後のアウトドア・コミュニティーとの協働、行政との機動的な連携を視野に入れた、拡張性の高い仕組み作りを進めていきたいと考えています。

勝俣隆
ハイカーズデポ 勝俣 隆氏 (プロフィール)

 北アルプスの最奥地、雲ノ平での登山道整備活動に参加していただければ幸いです。

『雲ノ平登山道整備
ボランティアプログラム』に向けて


文・写真:ハイカーズデポ 勝俣隆


雲ノ平の登山道、そして整備

 北アルプスでも稀有な高層湿原は、雲ノ平山荘と共に「いつか行ってみたい場所」として登山者を魅了し続けてきました。しかし、湿原というのは侵食が容易く、登山道周辺の環境破壊と保全とのバランスを取ることが、重要なテーマとなっています。
 登山者による土壌の侵食を食い止めるべく富山県によって敷設された木道もすでに30年を経ているものがあり、老朽化が著しくなっています。30年前といえばバブル景気の真っ只中であり、大型の公共事業として潤沢な資金で作られた産物が雲ノ平山荘の木道なのです。

 どんなに強固に作られた建造物でも、降雪も多く厳しい環境下では耐用年数は長くはありません。すでに腐食して粉状に崩れている箇所や折れて通行が困難になっている箇所などが散見されます。登山者が折れた木道を避けるように草原に踏み込むことにより、本来は植生を守るはずであった木道が周辺の植生を破壊する要因にもなります。
 行政主導でどんなに予算を費やして大規模な工事を行うことができたとしても、日常的に維持管理する行政機関や制度は存在しなければ、荒廃は免れません。現在では、山域に位置する山小屋がかろうじて整備しながら使い続けているのが現状です。そしてその自助努力で賄える段階はとうの昔に過ぎてしまっています。
 行政機関に自然環境のエキスパートが育っていない現状では、歩道や登山道造成に予算が付いた場合でも、施工の多くは、自然環境に無理解な地元の建設業者であり、街の河川工事の延長線上の工事が実施されます。国立公園にも関わらず景観や自然環境にそぐわない立派な人工物はそうやって出来上がるのです。また自然環境を十分に見極めて作ったものではない場合は、厳しい自然環境によって短期間で崩壊します。
 「登山道は環境に調和した工法や素材で作った上で、利用をした分だけ整備をする」という仕組みが必須であり、それには自然環境をよく観察してそのエリアの特性に合わせた登山道作りが必要なのです。

 こういった状況を理解し、解決に導かなければ、登山道の持続可能な利用はあり得ません。まずは外部に依存せずに、自然を楽しむ側にいる私たちこそが新しい取り組みを行い、最適な方法論を築き上げることが不可欠ではないでしょうか。北アルプスの登山道整備が抱える課題を継続的に改善する解法の一つが、利用者による保全活動=ボランティアプログラムであり、それを実行するコミュニティであると私たちは考えています。この活動にご興味のある方は、下記をご覧頂きまして、整備プログラムにご参加いただけると幸甚です。

コミュニティとボランティア

 ボランティアというものは、自分が属するコミュニテイに対して行うものです。ボランティア活動の盛んなアメリカでは、地域の学校や教会、病院に対して、あるいはハイキングクラブなどの自分が属するクラブやコミュニティの理念を実現するために行動を共にすることです。ボランティアがコミュニティを支え、コミュニティがボランティアの活躍の場となります。自分に何かを与えてくれる組織に対してだからこそ、金銭という枠組みを外れて働くのであり、決して無報酬というわけではありません。

 一方、日本では「ボランティア」と言えば、清掃ボランティアや災害ボランティアなど、慈善活動の趣があります。あるいは、応急的に困った人たちを助ける、という利他的なイメージが先行していると思います。しかし、上述のようにボランティアは利他ではなく、日常生活の場から自分たちの世界をより豊かにするための自発的な相互扶助の形として、社会に位置付けられるものです。利他というよりは自助であり、自治、自立に近い発想と言えるかもしれません。

 コミュニティに参加する習慣が普及しているアメリカでは、国立公園や州立公園、長距離トレイルの管理団体にボランティアが多く活躍することも、そのコミュニティへの支持の表明と言えます。アメリカの国立公園には毎年20万人以上のボランティアが参加しています。

 一般的に、日本では国立公園の登山道整備でボランティアを広く募集することは耳にしません。しかし、信越トレイルではシーズン開始に合わせて毎年6月にボランティアを募集し、整備イベントを行っていますし、今回講師として参加していただく北海道山岳整備の岡崎氏が手がける『山守隊』は大雪山周辺でボランティアによる地元密着型の登山道整備事業を展開しています。
 よく見れば、これまでも様々な地域でボランティア活動は実践されていたわけですが、文化の流動性が高い日本では、時代とともに母体となるコミュニティーが弱体化して活動も自然消滅してしまうケースが多かったという見方もできます。また、ボランティアを公的な制度として位置づけ、支えることによって、持続性を強化する展開も弱いと言えるでしょう。

 どうすれば持続可能なボランティアのあり方を醸成できるでしょうか。時代や世代を超えて共有できる文化や生活観、思想的なビジョンを確立することが大切なのです。

ボランティアと
トレイル作りの歴史

 ボランティアが運営してきた組織として、米国東海岸の自然歩道を管理する「アパラチアン・トレイル・コンサーバンシー」が有名です。全長3,500kmに及ぶ自然歩道のみならず、道標整備や避難小屋の設置、ビジターセンターの運営もボランティアによって行われ、「世界で一番規模の大きいボランティア事業」とも言われています。アパラチアン・トレイルは発案当初からボランティアによる運営が軸になっていました。

 現代につながる山歩きのスタイルが生まれたのは産業化が進んだ19世紀中頃〜末頃。林業や狩猟以外で、レクリエーションとして山に入るのは研究や探検を除いて非常に稀な時代です。20世紀に入るとようやく「余暇」が生まれ始めます。その過ごし方として、キャンプやトレイルを提案したのが、アパラチアン・トレイルを発案したベントン・マッカイでした。
 合衆国森林局でも働いた経験のあるベントン・マッカイがアパラチア山脈にトレイルを敷設するアイデアを発表したのがちょうど100年前の1921年。彼のエッセイ『地域計画プロジェクト』では下記のように書かれています。

 「トレイル作りや道標設置、キャンプ場の建設は、志願した労働者によって行われる方が良いのです。ボランティアにとっては「仕事」はまさしく「遊び」です。そのような事業ではいつも通りの協力の精神が広く発揮されるに違いありません」

 しかし、そもそもハイキングや登山自体をする人が珍しかった時代、トレイル作りのボランティアがすぐに集まったわけではありません。何年もかけて各地域でトレイル整備に手を挙げる人が現れはしたものの、やがて世界大恐慌が発生し、アパラチアン・トレイルも自然道敷設が遅滞し始めます。
 そこで功を奏したのが、不況対策として実施されたニューディール政策でした。不況対策の一環として雇用された復員兵により組織されたCCC(市民保全部隊)の動員に成功し、残っていたエリアのトレイル整備を行い、全線が開通しました。

 アパラチアントレイルは開始当初から理念に賛同し、自らが手を挙げたボランティアによる組織運営がなされ、国立公園や州立公園とは独立したシステムを作ったことが後の評価につながりました。さらに、完全に独立した組織ではなく、CCCや国立公園などと官民連携を柔軟に行なったことが、100年にわたり組織が機能し続けた理由です。

ボランティアによる組織運営

 アパラチアントレイル事務局では1968年まで50年近く、有給のスタッフを雇用せずにボランティアのみで運営されてきました。1968年にナショナルトレイル法案が可決され、長距離トレイルも国立公園並みに予算がつくようになりました。予算は付いたものの、現在でも整備はボランティアが中心となって行われています。それはなぜでしょうか。
 「自分たちの税金が国と公園局を経由して公共事業になった段階で、質が保てなくなるだろ? それなら直接、作業したり寄付したりする方がいいんだよ」アメリカのハイカーにボランティア運営のことを聞くと、そう答えていました。「『道づくり』なんて、楽しいことを誰かにやらせるのはもったいないないじゃないか」。
 その発想こそがボランティアによる参加の楽しみであり、アパラチアン・トレイルのボランティアは年間6,000人、合計で24万時間の労働に相当しています。全行程を踏破するハイカーは年間3,000人前後ですから、いかに多くの人がボランティアにやりがいを感じ、楽しんでいる様子が伺えます。


 3,500kmという自然歩道を管理するアパラチアン・トレイルでは、事務局一つで整備・保全を行えるわけではありません。自然歩道が通る地域に属する31のハイキングクラブがそれぞれの地域を担当しています。地域によって範囲を決めて整備するのは、北アルプスにおいて各山小屋が個別に整備するのに似ています。また、各団体は自らが整備するに留まらず、さまざまなボランティアプログラムを提供し、自然歩道の整備自体を参加者の育成、学びの場として活用しています。
 そもそもアメリカのトレイルクラブの主業務が「自然歩道の整備、運営、管理」であり、保全整備を利用者に近いハイキングクラブが行っている一方で、中部山岳国立公園では山小屋が法的な位置付けのないまま本業の合間に整備を行っており、実態として登山道整備の責任者がいない状態なのです。

新しい山との関わり方

 現在では山を楽しみ方も多様化しています。頂上を目指すだけではなく、山小屋やキャンプサイトを活用して、自然の中で過ごす時間を大切にする利用者もこれまで以上に増えています。
 雲ノ平周辺には登頂を目的とするめぼしい山が近くにないことから、山荘に連泊して高天原温泉に日帰りに行って再び山荘でのんびりするような過ごし方をする登山者も珍しくありません。

 わたしも昨年はのんびりと本を読もうと思い、雲ノ平のキャンプサイトに連泊しました。足を伸ばせば黒部五郎に行ける距離にありつつも、高天原で温泉を楽しんだあとは疲れたからと山荘で何もしない一日を過ごすこととしました。喫茶室でケーキセットを楽しみながら、窓外の大きな雲の流れを眺めて時間が過ぎていきます。スタッフに声をかけ、山荘オーナーの伊藤二朗さんにお時間をいただいたのもその時でした。電波が入らない山荘に流れる独特な時間がそうさせたのか会話がはずみます。日本の山岳環境の問題や海外の国立公園の状況を語り合ううちに、「ボランティアプログラム」が胎動し始めました。コミュニティは場所だけではなく、時間を共にして初めて生まれるのです。

雲ノ平山荘のコミュニティ作り

 地元というものからは遠く離れた、北アルプスでも秘境と呼ばれるこの雲ノ平山荘を中心にはどんなコミュニティが生まれるのでしょうか。山との新しい関わり方ができる人々。
 そして環境保全を目指す文化。その受け皿となる場所。それらが全て繋がって保全活動というボランティア・コミュニティができます。

 ボランティアは参加した人が得られる何かがあるからこそ、そこに自らが率先して手をあげ、手弁当で参加するものです。自ら志願して、自らのお金で山に来る点は登山と同じです。「そこに登る頂きがあるから」なのか、「そこに直し、作る道があるから」なのかの違いしかないのです。

日本の登山・ハイキング人口は600万人程度と言われますが、2%の人が登山道の作り手側に回れば、アメリカの国立公園に並ぶボランティアの数となります。決して無理な数字ではないでしょう。
 「登山道の整備を通して、山岳環境を考えたい」。日本の登山愛好家にも「作り手」に興味がある人が多いと信じています。その2%に心当たりのある方は、一緒に登山道について学び、育てていきましょう。

雲ノ平ボランティア・
プログラムの特徴

 今回の登山道整備プログラムのスタートは「理解」から始まります。現在の雲ノ平を取り巻く環境を正しく理解してもらうことが第一の目的です。参加者には雲ノ平山荘を中心とした環境、並びに状況をお伝えします。
 第二に、現場でのワークショップを通して、登山道整備のあり方を理解していただきます。講師には、大雪山周辺で地元密着型のボランティアを実践する『山守隊』の岡崎氏をお呼びしています。登山道整備の理念を実際の作業を通して学びます。
 第三の目的は、ボランティアと切っても切れないコミュニティ作りです。この活動は長期的に行います。数日間の手伝いでは終わりません。一つの山域にじっくりと付き合い、学び、育てていきたい方が向いています。雲ノ平山荘のコミュニティは、手助けしてくれた人を勇気づけ、暮らしを力強いものにしてくれると期待しています。
 ボランティアという形ではありますが、登山道整備スタッフの一員として一緒に活動してみませんか?


雲ノ平登山道整備
ボランティアプログラム
募集要項

募集に関する詳しくは、Hiker's Depotウェブサイト「雲ノ平登山道整備プログラム2021」ページをご確認ください。
雲ノ平登山道整備プログラム2021

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