
Kumo Lab Week 2023 登壇エッセイ
細菌学者が山を歩いて
考えること
阿部 章夫
雲ノ平山荘のオーナーである伊藤二朗さんからKumoLabWeekイベントのスピーカーとして招待を受け、喜んでその役割を引き受けた。バスのエンジントラブルで出発が遅れてしまい太郎平キャンプ場に到着したのは夕方であった。そこで1泊した後、翌日に雲ノ平山荘に着いて二朗さんが冷えたビールで迎えてくれた。国立公園の管理体制や山小屋との関わりなど現場での実情を学ぶ機会を得た。イベントでは「細菌学者が山を歩いて考えること」をテーマに話を進めたが、そこでのイントロ部分、すなわち山に登るきっかけとなった経緯から話を始めたいと思う。
僕が高校の山岳部に入ったのは、当時発刊されたばかりの「バックパッキング入門」(芦沢一洋著)の影響が大きかった。しかし山岳部の装備は重厚で、本書で紹介されているスタイルとは正反対であった。結局、1年で退部して、JanSportのアルミフレーム製バックパックを購入しソロでの登山を始めた。1978年には「遊歩大全」(コリン・フレチャー著)が刊行され僕の山に対する指向性は揺るぎないものとなっていく。1980年に大学に入った僕は、教職課程を取得し将来の夢は高校の山岳部顧問になることであった。しかし荒れた学校での教育実習の体験から教師の道を断念した。行き場を失った僕は、そのまま大学院に残り指導教官の勧めで北里研究所に入ることになった。その後、大学教授となり僕の恩師である大村智先生は2015年にノーベル医学・生理学賞を受賞した。
僕の登山スタイルは時間をかけてでもできるだけ長距離を歩くことだ。南アルプスの聖岳から北岳縦走、飯豊連峰縦走、残雪期の平ヶ岳など長い旅を重ねてきた。最後に残ったのは、吉野から熊野に抜ける約100キロの大峯奥駈道であった。5月に挑戦したものの大雨に見舞われ、夜には雪が降り登山靴が凍る苦行を経験した。三日目には歩きながら眠気に襲われアップダウンの連続に耐えた。その時、「等高線の密なところは重力が強く時間が遅く進む。だから少しずつでもいいから歩き続けることが大切だ」という考えが浮かんだ。
疲労が極限に達するとエキセントリックな思考に支配されることがあるが重力と等高線の概念が最後の辛い二日間を支えてくれた。大峯奥駈道を終えた後、しばらくは次の目的地が見つからない状態であった。その後、「西表島探検」(安間繁樹著)と高橋庄太郎さんから頂いた「無人地帯の遊び方」に影響を受け西表島が新たな目標となった。見る前に飛べ!ということでパックラフトを購入した。しかし漕ぎ方も分からないので群馬県水上にあるカッパクラブでラフティングの基本技術を習得した。それから西表島に足繁く通うようになった。パックラフトを背負い陸地と水辺を両生類のように行き来するスタイルが気に入っている。
話を「細菌学者が山を歩いて考えること」に無理やり戻すと、以前は沢水をそのまま飲むことが多かったが、最近はシカの増加で沢水に混入する糞尿の可能性を考慮して浄水器を使用するようになった。シカの個体数増加は今後解決すべき課題であろう。たとえば、南アルプスの南部にある高山裏避難小屋から小河内岳にかけては黄色いマルバブキダケの群生が延々と続く。マルバブキダケの異常増殖はシカがこの植物を好んで食べないこと、シカに高山植物が食い荒らされ裸地化が進行したあとでマルバブキダケが増殖しやすいことなどが考えられている。南アルプスの高山植物はシカの食害で壊滅的な打撃を受けているのが現状である。環境庁の調査によると、ニホンジカの分布域は過去40年間で約2.7倍に拡大している。また、温暖化の影響で雪が少なくなり東北地域での個体数増加が顕著である。シカの生息域拡大はマダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスの感染地域の拡大にもつながっている。SFTSを発症した場合、その致死率は10~30%である。当初は西日本に限定されていたSFTSの症例は、シカの生息域拡大にともない全国に拡散する要因となった。マダニはSFTSウイルス以外にもエゾウイルス熱を起こすエゾウイルス、日本で初めて分離されたオズウイルスなどを保有している場合があり、刺咬された場合の対処法(ワセリン法やティックピッカーによる除去)を知っておくことが重要である。
我々は自然や生態系をコントロールすることで人類としての豊かさを享受してきたところがある。その一方で我々が自然に分け入るのは、我々にはコントロールできない自然の力を身をもって体験できるからだと思う。また、辛い体験のほうが強烈な思い出として残り続ける場合が多い。僕は都会で生活するのも嫌いではないが、しかし3ヶ月ぐらいの周期で都会を離れたくなる。しっくりとするルートが決まるまではなかなか落ち着かない。これだと思うルートが決まると旅の準備をおこなう。山や海を旅してまた都会に戻る。風の強い日に針葉樹の匂いを嗅ぐときがある。都会の路上で、あの稜線で吹いていた風の匂いに近いと思うことがある。都会にいても自然を感じることができるのがハイカーとしての最終的な境地かも知れない。
阿部 章夫専門分野:細菌学
1961年 福島県生まれ。1986年,北里大学大学院薬学研究科修士課程を修了し北里研究所に入所。1991年博士(薬学)を取得。1995年~1999年,University of British Columbia (Canada) に留学。北里研究所に復職後,2001年に退職。2001年,北里大学大村智記念研究所・教授。2002年,北里大学大学院感染制御科学府・教授。
細菌学のラスト・フロンティアと言えば,おそらく多剤耐性菌の克服にあるのかも知れません。新たな抗菌薬を開発してもすぐに耐性菌が現れるので製薬企業が尻込みしている領域でもあります。現在,大学院生の指導を行いながら多剤耐性菌を克服するプロジェクトに挑戦しております。趣味はブラジリアン柔術(黒帯),登山,パックラフト。思い出深い山行として,平ヶ岳,甲子旭岳,鳩待峠からの会津駒ヶ岳(いずれも残雪期)などがあります。また,パックラフトによる西表島最深部の探検は今でも継続中です。

阿部 章夫
専門分野:
細菌学
1961年 福島県生まれ。1986年,北里大学大学院薬学研究科修士課程を修了し北里研究所に入所。1991年博士(薬学)を取得。1995年~1999年,University of British Columbia (Canada) に留学。北里研究所に復職後,2001年に退職。2001年,北里大学大村智記念研究所・教授。2002年,北里大学大学院感染制御科学府・教授。
細菌学のラスト・フロンティアと言えば,おそらく多剤耐性菌の克服にあるのかも知れません。新たな抗菌薬を開発してもすぐに耐性菌が現れるので製薬企業が尻込みしている領域でもあります。現在,大学院生の指導を行いながら多剤耐性菌を克服するプロジェクトに挑戦しております。趣味はブラジリアン柔術(黒帯),登山,パックラフト。思い出深い山行として,平ヶ岳,甲子旭岳,鳩待峠からの会津駒ヶ岳(いずれも残雪期)などがあります。また,パックラフトによる西表島最深部の探検は今でも継続中です。