Kumonodaira Science Lab

雲ノ平山荘

雲ノ平サイエンスラボ

Kumonodaira Science Lab

ステートメント

これまで雲ノ平山荘では、芸術や言論、環境活動などと接続しながら、山をアクティビティーとして消費するだけではなく、様々な価値観や視点を生み出す文化の源泉として捉え直す取り組みを展開してきました。
この度新たに始動するのは「雲ノ平サイエンスラボ」です。
この取り組みでは、自然に関連した様々な学問に携わる研究者の方々が、原生自然の前線基地である山小屋を訪れ、実体験として改めて「自然」に出会い、他分野の研究者と交流しつつ考察を深めることによって、新しい自然観を醸成することを企図します。
運営体制は、雲ノ平山荘に縁のある有志の研究者が自主運営の形で各種企画をおこし、カジュアルに情報発信をしながら、野趣に富んだサロンとして交流の輪を広げていくあり方を目指します。
はたして、現代社会における「自然」の価値とは何でしょうか。
原始的な狩猟採集生活における環境の克服と共存から始まり、農耕への転換から加速する文明化の流れ、産業革命を経て科学技術の破壊性の自覚から自然保護を訴えるようになった近代、デジタルシステムへの依存により環境(空間・場所性)を知覚するメディアとしての身体性の希薄化が進み、同時に巨大な経済・産業のメカニズムが環境危機として顕在化する現代に至るまで、人類史を通じて(あるいは地域毎にも)「自然」を測る価値観は目まぐるしく変化してきました。
こうした歴史の中で、人々は芸術や信仰(感覚、美学)、自然科学(生態系、現象)、人文社会学(関係性、感じ方、経済)、アウトドア(身体性、体験)など、「自然」の価値を測る様々な視点を生み出しながら、自己と環境との関係性を捉え直し続けてきたということができます。
今、資源の収奪と荒廃、文明の繁栄と孤立が紙一重で交錯し、目の前の小さな出来事さえもが、複雑な背景を経由しないと捉えきれなくなっている現代社会において、私たちはその複雑さを複雑なまま包摂し、理解を深め、「自然」と和解する手立てを見出すことはできるのでしょうか。
「雲ノ平サイエンスラボ」では、主に自然科学と人文社会学(複合領域含む)に焦点を当て、先に立ち上げた「雲ノ平山荘アーティスト・イン・レジデンス・プログラム」の取り組みやアウトドアの世界観とも横断的に絡め合わせながら、分野に捉われない思索や交流を展開したいと思います。
この取り組みが、先の見えない時代に、創造的な気づきをもたらす縁になれば幸いです。
ご興味のある方はぜひお気軽に事務局までお問い合わせください。

雲ノ平山荘代表 伊藤 二朗

本プロジェクトの発起人

本プロジェクトの発起人

本プロジェクトの
発起人

  • 大石 侑香

    大石 侑香Yuka Oishi
    専門分野:社会人類学・生態人類学・北極地域研究

    大石 侑香Yuka Oishi
    専門分野:社会人類学・生態人類学・北極地域研究

    大石 侑香
    Yuka Oishi
    専門分野:社会人類学・生態人類学・北極地域研究

    1982年静岡県生まれ。
    2016年首都大学東京大学院満期退学、人間文化研究機構/国立民族学博物館・助教等を経て2020年から現職の神戸大学大学院・講師。
    主な著作は、『シベリア森林の民族誌:漁撈牧畜複合論』昭和堂(2022年)。
    林業が盛んだった静岡県の中山間地域で生まれました。祖父母も林業従事者で、子供のころから戦後の日本の林業の盛衰と地元の変化を身近に感じ、ローカルな自然との付き合い方が政治経済といった大きな外的影響を受けて変化していくという事象に興味を持つようになりました。そうした例のひとつとして毛皮産業が面白いと思い、その中心地であるロシアを研究しようと決め、2010年からシベリアの森林地帯で狩猟採集やトナカイ牧畜を営む人々を対象にフィールドワークを行ってきました。ソ連崩壊や気候変動などさまざまな影響を受けつつも、広大な森の中で柔軟に生きる彼らに魅力を感じています。


    発起人コメント

    2022年2月にロシアのウクライナ軍事侵攻が始まり、突如シベリアに行くことができなくなりました。シベリアを対象に人類学研究を始めてから十数年たっていました。両国の一般の人のおかれた状況を思うと、心苦しく、これから世界がどうなるのか不安な気持ちになります。加えて、これまでお世話になってきた現地の方々にもう会えないかもしれない、もうシベリアで研究できないかもしれないという焦燥感、このような事態になるまでにロシアの政治や社会が危ない状態になっていたことをまったく読めなかったことへの反省もあり、気持ちが沈んで落ち着かない日々を過ごしていました。そんな中、2022年9月にはじめて雲ノ平を訪れました。折立から歩いていると、次第に体が山好きだったことを思い出し、久々に心と頭が晴れていくように感じました。
    薬師沢から雲ノ平へ上がり木道に出ると、鳥獣の食べ残した松かさが転がっていました。
    高天原の温泉周辺にはクロマメノキの実が甘い香りを放ち、新穂高への道には濃緑の葉に実った真っ赤なコケモモやキイチゴが目立っていました。どれもシベリアの森でよく見かけるものです。気が付くと針葉樹の森や池塘の沼地の風景にもシベリアを見出していました。
    余程シベリアが恋しいのかと思いましたが、後に調べてみると、実際に高山環境は極北環境と似ているところがあるようです。シベリアの夏秋に食べられるベリー類には日本の高山と同じ種類のものがありますが、それは地球の気温が低かった数万年前に高緯度の寒冷地のような植生が現在の温帯にも広がっていたからです。地球の温暖化が進むにつれ温帯では高緯度地域と標高の高いところに寒冷な気候を好む植物の繁殖地が残りました。
    雲ノ平は、私にとって数万年という長い時間軸で人と環境との相互作用に考えを巡らせることができる場所です。雲ノ平サイエンスラボでは、この北アルプスの奥地でみなさんそれぞれが見つけたものや得たひらめきを共有し議論できたら幸いです。

    発起人コメント

    2022年2月にロシアのウクライナ軍事侵攻が始まり、突如シベリアに行くことができなくなりました。シベリアを対象に人類学研究を始めてから十数年たっていました。両国の一般の人のおかれた状況を思うと、心苦しく、これから世界がどうなるのか不安な気持ちになります。加えて、これまでお世話になってきた現地の方々にもう会えないかもしれない、もうシベリアで研究できないかもしれないという焦燥感、このような事態になるまでにロシアの政治や社会が危ない状態になっていたことをまったく読めなかったことへの反省もあり、気持ちが沈んで落ち着かない日々を過ごしていました。そんな中、2022年9月にはじめて雲ノ平を訪れました。折立から歩いていると、次第に体が山好きだったことを思い出し、久々に心と頭が晴れていくように感じました。
    薬師沢から雲ノ平へ上がり木道に出ると、鳥獣の食べ残した松かさが転がっていました。
    高天原の温泉周辺にはクロマメノキの実が甘い香りを放ち、新穂高への道には濃緑の葉に実った真っ赤なコケモモやキイチゴが目立っていました。どれもシベリアの森でよく見かけるものです。気が付くと針葉樹の森や池塘の沼地の風景にもシベリアを見出していました。
    余程シベリアが恋しいのかと思いましたが、後に調べてみると、実際に高山環境は極北環境と似ているところがあるようです。シベリアの夏秋に食べられるベリー類には日本の高山と同じ種類のものがありますが、それは地球の気温が低かった数万年前に高緯度の寒冷地のような植生が現在の温帯にも広がっていたからです。地球の温暖化が進むにつれ温帯では高緯度地域と標高の高いところに寒冷な気候を好む植物の繁殖地が残りました。
    雲ノ平は、私にとって数万年という長い時間軸で人と環境との相互作用に考えを巡らせることができる場所です。雲ノ平サイエンスラボでは、この北アルプスの奥地でみなさんそれぞれが見つけたものや得たひらめきを共有し議論できたら幸いです。

  • 古川 不可知

    古川 不可知Fukachi Furukawa
    専門分野:文化人類学・ヒマラヤ地域研究

    古川 不可知Fukachi Furukawa
    専門分野:文化人類学・ヒマラヤ地域研究

    古川 不可知
    Fukachi Furukawa
    専門分野:文化人類学・ヒマラヤ地域研究

    古川不可知(ふかち)。1982年生。九州大学大学院比較社会文化研究院/共創学部・講師。ネパール東部のエベレスト南麓地域を主たるフィールドとし、シェルパの人々の文化と山岳観光、インフラ、歩く身体などについて調査をおこなってきた。近年は東アジアの「アウトドア」活動にも関心を持ち、登山やキャンプの実践と、そこに生まれる共同性、戸外から想像される「ホーム」の理念などを考察している。


    発起人コメント

    私はネパール・ヒマラヤのエベレストの麓で、十年以上にわたってシェルパの人々の文化と生活を学んできました。またトレッキングや登山といった山岳観光の実践に自ら参与し、歩く身体と道について考えを巡らせてきました。村の生活では、人々はヤクを追って山道を歩き、農作業の合間にはお茶を飲んで長々とおしゃべりします。村祭りになれば山が神様としてお寺を訪れ、村人たちから祝福を受けます。ヒマラヤの社会も大きな変化の渦中にありますが、人々はいまも語り合いながら共同で作業し、山や「自然」(という言葉は実はシェルパ語にはないのですが)に敬意を払いながら暮らしています。
    近年、人間の活動は地球環境に大きな変化をもたらし、気候変動をはじめとする諸問題はますます危機の様相を深めています。同時に現在の私たちのまわりには「コスパ」や「タイパ」を志向する言説であふれています。短く編集された動画や「一冊でわかる」などと称された本を見て理解したつもりになり、それだけで満足して多忙な日々の生活に戻ってゆく。国連が定めた「SDGs」だと聞けばなんとなく良いことのように感じ、それ以上深く考えることなくバッジをつけて何かをやったつもりになる……。こうしたことは日本にいるときの私自身にも多かれ少なかれ当てはまることのように思います。
    ですが危機の時にこそ、一見すると明快なお仕着せの答えに飛びつかず、シェルパの人々のように実際に自然のなかを歩き、時間をかけて対話しつつ自分たちの頭で考えることが大切なのではないでしょうか。麓から二日歩かねばたどり着かない雲ノ平の山中で、「自然」という明確な解答のない問題をめぐる多様な考え方に触れ、お互い自由に議論しながら自然と人間のより良い関係を考える。そうした迂遠なやり方を取ってはじめて、何が本当に問題なのかもわかってくるのだと思います。発起人の一人として、Kumo Labはそのような「コスパの悪い」、しかし同時に本物の知的刺激に満ちた場所になればと考えています。

    発起人コメント

    私はネパール・ヒマラヤのエベレストの麓で、十年以上にわたってシェルパの人々の文化と生活を学んできました。またトレッキングや登山といった山岳観光の実践に自ら参与し、歩く身体と道について考えを巡らせてきました。村の生活では、人々はヤクを追って山道を歩き、農作業の合間にはお茶を飲んで長々とおしゃべりします。村祭りになれば山が神様としてお寺を訪れ、村人たちから祝福を受けます。ヒマラヤの社会も大きな変化の渦中にありますが、人々はいまも語り合いながら共同で作業し、山や「自然」(という言葉は実はシェルパ語にはないのですが)に敬意を払いながら暮らしています。
    近年、人間の活動は地球環境に大きな変化をもたらし、気候変動をはじめとする諸問題はますます危機の様相を深めています。同時に現在の私たちのまわりには「コスパ」や「タイパ」を志向する言説であふれています。短く編集された動画や「一冊でわかる」などと称された本を見て理解したつもりになり、それだけで満足して多忙な日々の生活に戻ってゆく。国連が定めた「SDGs」だと聞けばなんとなく良いことのように感じ、それ以上深く考えることなくバッジをつけて何かをやったつもりになる……。こうしたことは日本にいるときの私自身にも多かれ少なかれ当てはまることのように思います。
    ですが危機の時にこそ、一見すると明快なお仕着せの答えに飛びつかず、シェルパの人々のように実際に自然のなかを歩き、時間をかけて対話しつつ自分たちの頭で考えることが大切なのではないでしょうか。麓から二日歩かねばたどり着かない雲ノ平の山中で、「自然」という明確な解答のない問題をめぐる多様な考え方に触れ、お互い自由に議論しながら自然と人間のより良い関係を考える。そうした迂遠なやり方を取ってはじめて、何が本当に問題なのかもわかってくるのだと思います。発起人の一人として、Kumo Labはそのような「コスパの悪い」、しかし同時に本物の知的刺激に満ちた場所になればと考えています。

  • 田中 信行

    田中 信行Nobuyuki Tanaka
    専門分野: 工学

    田中 信行Nobuyuki Tanaka
    専門分野: 工学

    田中 信行
    Nobuyuki Tanaka
    専門分野: 工学

    2011年、大阪大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。2011年〜2013年、東京女子医科大学先端生命医化学研究所博士研究員。2008年〜2011年、日本学術振興会特別研究員DC1、2011年〜2013年同PDとして、いきものの「やわらかさ」、「うるおい」に着目してエイジングなど生体組織の評価について取り組む。2013年〜2015年、大阪大学大学院基礎工学研究科助教として、生物と工学をつなぐ教育・研究に従事。2015年より理化学研究所に所属し、マイクロデバイス、ロボット、AIを活用することで分子から個体・群までマルチスケールかつ複雑な生命システムの実相にせまる試みを進めている。


    発起人コメント

    雲ノ平まで下界から丸一日。空模様を伺いながら、いつもより暑さを感じつつ、歩みを進める。トレーニング不足を呪いながら前泊地に辿り着き、迫る峡谷に圧倒される。翌朝、目を覚ました草花たちに応援してもらい急登を行き、溶岩台地のへりからようやく霞の向こうに山荘を目にする・・・
    何度訪れても興味が尽きない場所である雲ノ平山荘にてこのような取り組みに関わることができ、関係者の皆様に感謝するとともに、参加者との交流を通じた新たな発見や学びを楽しみにしています。
    自然科学における研究は、多様な分野ごとにテーマが設定され科学的手法により深掘りしていくことが一般的です。この過程で生まれた研究対象の深い理解により、例えば雨の登山を格段に快適にしてくれる防水透湿素材やこのウェブサイトを表示しているインターネットなどの技術革新が生まれています。私が所属している生物学分野においては、これまでのフィールドに赴き標本の観察、採集、分類というような時代から、実験室にて厳密にコントロールされた実験による仮説検証が中心の時代になり、私たちを形作るしくみや病気のメカニズム解明、さらには治療薬の開発などに繋がっています。一方で近年、気候変動や感染症対策、食料にエネルギー問題など、複雑系と呼ばれる単に物質的理解だけでなく、心理や社会などの観点もふくめて理解すべき課題に直面しています。このような課題に科学者がどのように取り組むべきか明確な答えはまだありませんが、幅広い対話が必要であると感じています。今回、実験室を離れて雲ノ平山荘に赴くことで、既存の研究者の枠にとらわれない対話が生まれることを期待しつつ、気象学、物理学、水理学、生物学、地学など下界から雲ノ平までの長い道のりに潜む数多くの科学を感じながら、参加できることを楽しみにしています。

    発起人コメント

    雲ノ平まで下界から丸一日。空模様を伺いながら、いつもより暑さを感じつつ、歩みを進める。トレーニング不足を呪いながら前泊地に辿り着き、迫る峡谷に圧倒される。翌朝、目を覚ました草花たちに応援してもらい急登を行き、溶岩台地のへりからようやく霞の向こうに山荘を目にする・・・
    何度訪れても興味が尽きない場所である雲ノ平山荘にてこのような取り組みに関わることができ、関係者の皆様に感謝するとともに、参加者との交流を通じた新たな発見や学びを楽しみにしています。
    自然科学における研究は、多様な分野ごとにテーマが設定され科学的手法により深掘りしていくことが一般的です。この過程で生まれた研究対象の深い理解により、例えば雨の登山を格段に快適にしてくれる防水透湿素材やこのウェブサイトを表示しているインターネットなどの技術革新が生まれています。私が所属している生物学分野においては、これまでのフィールドに赴き標本の観察、採集、分類というような時代から、実験室にて厳密にコントロールされた実験による仮説検証が中心の時代になり、私たちを形作るしくみや病気のメカニズム解明、さらには治療薬の開発などに繋がっています。一方で近年、気候変動や感染症対策、食料にエネルギー問題など、複雑系と呼ばれる単に物質的理解だけでなく、心理や社会などの観点もふくめて理解すべき課題に直面しています。このような課題に科学者がどのように取り組むべきか明確な答えはまだありませんが、幅広い対話が必要であると感じています。今回、実験室を離れて雲ノ平山荘に赴くことで、既存の研究者の枠にとらわれない対話が生まれることを期待しつつ、気象学、物理学、水理学、生物学、地学など下界から雲ノ平までの長い道のりに潜む数多くの科学を感じながら、参加できることを楽しみにしています。