特集|Features

雲ノ平山荘

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雲ノ平山荘の建築

2009-2010年、老朽化した初代雲ノ平山荘に別れを告げ、私たちは新しい雲ノ平山荘を建設しました。外観は、景色として人々の記憶に深く根差した初代の小屋のイメージを踏襲しつつ、新しい(普遍的な)山小屋のあり方を模索して、細部に様々なデザイン性やアイディア、環境テクノロジーを織り込んで作ったのが現在の小屋です。「人と自然の関係性を創造する場所」として、より多様性に富んだ登山文化を育む礎でありたいと考えています。

山の中の船

山小屋の建築を語る時「山小屋は“山の中の船”」というイメージを思い描くと、不思議としっくりくるように思えます。常に波風に揉まれながら存在するのが船ならば、山小屋も半年間は雪に沈み、夏場でも豪雨や風速30~40mにもなる突風に吹きさらされ、周囲数kmに渡って原野に囲まれる中、内部にあらゆるライフラインを備え、豊かな生活空間を作りださなくてはなりません。建物自体が、意思を持って自立するかのような強靭さと機能性を兼ね備える必要があるのです。
 山小屋に最も重要な役割があるとすれば、それは「存在し続けること」です。職猟者の生活場所、あるいは登山者の緊急避難場所として始まる山小屋の歴史は、本来ならば人を寄せ付けない厳しい高山の環境下で、そこに「建物が存在する」ことによって、様々な文化を育み、物語を生み出してきました。

構 造

新しい雲ノ平山荘は日本の在来工法を駆使し、景観に調和する美しさと堅牢性、機能的で快適な居住性などを兼ね備えた建築になっています。構造材にはヒバ、栗、唐松などの耐朽性の高い国産木材を用い、また地面の湿気対策として若干高床構造にするなど、多雪で寒暖差が大きく、多湿な雲ノ平の気候に適応するための様々な工夫が施されています。
日本の在来工法は、法隆寺が千三百年以上の歳月を風雨に晒されながら持ちこたえてきたように、木材の特質を極限まで引き出し、多様な環境に適応する潜在性を秘めている高度な技術なのです。雲ノ平山荘は、こうした伝統を継承する建物にもなっています。
また、ソーラー発電やバイオトイレ、雨水の浄水システムなどの環境テクノロジーを取り入れ、可能な限り自然環境に負荷をかけないシステムを構築しています。

新しい
「人と自然の関係性を創造する場所」

他の項にも書いてきたことですが、日本の登山文化は今、大きな帰路に立たされています。20世紀の人口増加に伴って国内観光需要が急速に伸びる中で、今までは登山も大量消費型の観光ブームとして、集団でピークハントを繰り返すようなスタイルが優勢で、山小屋のあり方もまたその間の中継地点という感覚が強く、ゆっくり滞在するという発想に基づいたものではありませんでした。
21世紀になった今、国内需要は陰りを見せ始めるとともに登山のスタイルも徐々に多様になり、同時に国際的な需要が台頭するなどの変化が訪れています。しかし、依然として日本では自然を創造的に演出する側の多様性は不足しており、国立公園でさえも持続可能な形で自然を維持管理する仕組みを持たず、登山道の荒廃が各地で大きな問題になるなど、大局的には消費主義的なスタンスを維持したままです。本当の意味で豊かな山岳文化を育むのは、これからの世代に課せられた大きなテーマだと言えます。
雲ノ平山荘では山小屋を「人と自然の関係性を創造する場所」として捉え、新しいあり方を模索しています。
そうはいっても、何か押し付けがましいことをしたいわけではありません。
何よりも、まずはゆっくりと時間を過ごしたいと思える、居心地の良い場所であることを目指しています。訪れた人が、読書をしたり、音楽に耳を傾けたり、テラスで昼酒を満喫したり、時には自然にまつわる学問に触れるなど、日常の感覚を保ちながら穏やかに自然を感じる中で、ふとした瞬間に、普段は気づかない視点に巡り合えるような場所でありたいのです。
人と自然との関係性には実に様々な在り方があるはずです。スポーツ、アドベンチャー、自然科学や芸術、ジャーナリズム、素朴な生活etc… 世代や国籍を超えて、多様な感性が交流する中で、やがて社会と自然を創造的に結びつける、成熟した文化が花開くきっかけを作れれば何よりです。