特集|Features

雲ノ平山荘

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-雲ノ平の自然 Vol.1-

雲ノ平ができるまで


原山 智=文 吉田智彦=構成 
松本孝志=イラストレーション


急峻な頂を連ねる北アルプスで、その中枢にありながら異質なほどやさしい山容を見せる「雲ノ平」。地質学の名探偵、原山智教授がその謎を解く。

北アルプスの最深部、雲ノ平には不思議が詰まっている。まず台地状の雲ノ平をぐるりと取り囲むように流れる黒部川が怪しい。ワリモ岳・岩苔乗越に発した源流は、南→西→北→東と流下し。薬師沢出合を過ぎて大東新道と分かれるあたりからようやく北流に戻って立石方面に向かう。こんなふうに流れの向きがクルクルと変わるのは、黒部川のほかの流域にはない。隣の東沢谷が直線的に北へ流下するのとは対照的である。

次に不思議なのは薬師沢出合から雲ノ平への登りや、大東新道脇のA、B、C沢に現れている厚い砂礫層(砂利)の存在である。山岳地帯では河川によって砂礫はどんどん運ばれていくはずなのに、厚さ200メートル近い砂礫層が堆積したとは尋常ではない。何か大異変があったに相違ない。

そして、台地上をおおう溶岩である。祖父岳や雲ノ平を中心に300メートル近い暑さの溶岩が砂礫層の上に重なり、黒部川はこれを避けるように周囲を流れているのだ。この様子はデコレーションケーキに似ている。スポンジケーキは砂礫層、上に重なった生クリームが溶岩といったところである。

溶岩の年代や積み重なりの様子がその後、別の研究によって報告されることになった。砂礫層の下の方には樅沢岳方面から流下した40万~30万年前の火山灰が見いだされ、砂礫層の中にある標高2100メートル付近には10~25メートルの暑さの溶岩が挟まっているいることが判明した。この途中の溶岩は31万年前のもので、ワリモ岳付近から噴出したらしい。祖父岳の溶岩は16万年前、雲ノ平の溶岩が10万年前で、ともに祖父岳一帯から噴出している。

厚い砂礫層に関しては、途中の溶岩を境に新旧2時期に分けられている。旧期は40万~30万年前、新期は22万~10万年前のもので、ともに祖父沢出合から雲ノ平の下を通過して、奥ノ廊下・立石方面に延びる旧河谷を埋積していることが判明した。どうやら厚い砂礫を堆積させた異変は、もっと下流であったのではと探索が始まった。1986年8月高天原新道調査、87年9月上ノ廊下遡行調査、88年8月中ノタル沢・スゴ沢調査、89年8月スゴ谷調査と続き、そして、ついに真犯人が明らかとなった。

雲ノ平の歴史

砂利と溶岩のデコレーションケーキは、いったいどんな過程を経てできたのか、順を追って見てみよう。

別の川だった、黒部源流と東沢谷

雲ノ平の下には立石~スゴ乗越~スゴ谷~常願寺川へと続く河川があった。つまり現在の黒部最上流部は常願寺水系だったのである。当時の黒部川源流は、東沢谷。まっすぐと北に伸びた素直な流れである。25万年前の両水系の分水界は、越中沢岳~薬師見平~赤牛岳~水晶岳と連なっていたのだ。スゴ二ノ沢の標高1380メートル地点では、当時の河川の運んだ砂礫が見つかっている。三十数万年前、越中沢岳と薬師岳の間にあった深い峡谷は、上ノ廊下付近で噴出した溶岩で一時期堰き止められたらしい。このときは溶岩の量が少なかったために、再び常願寺川への流れが復活する。このとき、せき止め湖に堆積したのが雲ノ平の旧期砂礫層である。

噴火で溶岩による、
せき止め湖誕生

上ノ廊下~薬師見平一帯で火山活動が生じ、スゴ二ノ谷の場所にあった峡谷に沿って溶岩は立山カルデアの近く、真川沿いまで流下していった。この埋積された峡谷の比高は最大で350メートルで、溶岩の流失前には相当深い峡谷が存在していたことがわかる。今回の溶岩の量は多く、峡谷を埋め尽くして常願寺川への流れを完全にせき止めた。湖は数年で満水状態となる。延長9キロ、幅2キロ、深さ300メートル、満水面標高2200メートルの巨大な湖である。貯水量はざっと6億立方メートル、黒部ダム湖の3倍に達する。

湖の決壊。黒部川の大変革

スゴ乗り越し付近で溶岩の上面は標高2300メートルを超えていた。一方、現在の奥黒部ヒュッテ付近から派生する枝沢が西にのび、口元ノタル沢付近まで達していたと推測される。この枝沢との間の分水界最低鞍部が2200メートル前後と推定される。この分水鞍部を乗り越えた水流が、枝沢に向かってあふれだしていったのである。湖には上流からの土砂が運ばれ、上流側から徐々に埋め立てられていく。このときの砂礫が雲ノ平の新期砂礫層である。あふれた水流は浸食に弱い部分の火山体を削り込み、湖はついに決壊して大洪水が発生し、花崗岩の岩盤をも激しく下刻していった。これが下ノ黒ビンガの絶壁の成因である。

火山活動と川の
浸食が生んだ雲ノ平

雲ノ平の下にあった湖は10万年前までに完全に埋め立てられ、砂礫でできた平坦な地形が谷底に広がっていた。ここに祖父岳・雲ノ平と相次いで火山活動が生じる。火山体は溶岩の流出のたびに成長し、黒部川を外側へと追いやっていく。このようにして黒部川はその縁を取り巻く流路へと変化していった。だが、火山活動が休止すると再び黒部川の浸食作用が始まった。そして、溶岩に厚くカバーされた中央部を残し、浸食に弱い砂礫層が運び去られた結果、急崖で囲まれた高原まで変化に富んだ植生でおおわれていく。溶岩表層の風化・土壌でできた不浸水層は池塘群や高層湿原を出現させ、この高原台地の美しさをいっそう引き立てることとなった。

Satoru Harayama
信州大学理学部教授。専門は地質学。北アルプスの成り立ちなど、マグマや断層の活動による山脈の形成過程を主に研究。北アルプスの踏査日数は1600日に達する。共著『超火山[槍・穂高]』(山と渓谷社刊)など、地質関係の著書多数。

本記事は「山と渓谷 2010年8月号」に掲載された記事を転載しています。