雲ノ平山荘の食

雲ノ平山荘

雲ノ平山荘の食

雲ノ平山荘の食

山小屋と食

私たち雲ノ平山荘のスタッフは食べることが大好きです。
山であろうと美味しくて栄養のあるものが食べたい!(できれば手作りで!)
山だからこそ美味しくて栄養のあるものが食べたい!(やっぱりできれば手作りで!)

いち登山者としてはもちろん、スタッフとしても雲ノ平山荘に来る皆様には食においても満たされてほしい。なるべくあたたかな食事を食べてもらいたい、疲れた身体を癒して元気に出発してほしい!と考えています。

そんな気持ちを大前提にした雲ノ平山荘での【食】を知っていただきたく、今回このページをお届けすることにしました。

実は「美味しくて栄養がある手作りの料理を食べてもらう」って、山小屋ではなかなかに難しいことなのです。食材がすぐに手に入るわけではありませんし、食材の運搬は天候に左右されます。

雲ノ平で言えば、登山口から遠く(=歩荷で運ぶのは難しい)、水が潤沢ではないという私たちの力ではどうにもならない条件も重なります。

そんなこともふまえて私たちは、
・どんな食材なら無理なく調達・保存ができるのか
・届いた食材が山で適切に調理できるかどうか
・その調理方法や片付けが、自然環境や山小屋運営に負担をかけないかどうか
を考えながら、食糧計画・提供メニューの検討・メニュー開発を行っています。

食材の調達はヘリコプターで

まずは食材の調達についてのお話。
皆さんの多くがご存知の通り、食材・調理、乾燥室、暖をとるため等に使用する全ての燃料他、山荘で使う物資は全てヘリコプターによって山荘に運ばれてきます。
なんだかとても簡単に山荘に届くような気もしますが、これが意外と簡単ではありません。

山奥であればあるほど気象リスクとコストが上がります。ヘリコプターはわかりやすい悪天候だけでなく、晴れていても風が強い日や、運航する進路の一部に視界不良があれば飛ぶことができません。
歩荷で運搬することは、緊急の場合を除いてほとんどなくなりました。
天候だけでなくともさまざまな理由で荷上げ(ヘリコプターでの輸送をこのように言います)予定日から1ヶ月経ってもヘリコプターが飛べず物資が届かないなんてこともありえます。

食材の調達量も重要です。
次にヘリコプターがやってくるまでの日数や登山者の人数、在庫などを元に決めるのですが、これも天候に左右されるのです。梅雨が長引いたり、台風の当たり年なんてことになると、山荘に来る登山者は減り、食材が余って困りますし、かと言って足りなくなる事態は避けなくてはいけません。
電話一本「明日届けてね!」なんてできないですからね。

保存食材の代表格、乾物

そこで食材の保存がとっても大事になってきます。
いかに食材を安定的に安全に保管できるか?
山荘には冷凍庫は必要最低限しか置いていません。
冷凍庫を沢山置けば、普段の食生活と同じような食材を準備することができるかもしれませんが、大きな業務用の冷凍庫の占有スペースは山荘では大きな負担となりますし、消費電力を増加させてしまいます。そうなると発電機の稼働時間が長くなって、燃料の使用量が増え、ヘリコプターへの依存度も上がることで、環境負荷も大きくなります。
そして万が一、冷凍庫が稼働しなくなった場合、食材はみるみるうちにダメになり、皆様に食事の提供をすることすらままならなくなってしまいます。
保存場所の多くが冷凍庫になるような食材選びをすると、備蓄数も限られてしまいます。そんな理由からもなるべく冷凍庫頼みにならない食材とそれらを使ったメニューを考えています。

そんな食材の代表格が乾物。
例えば、ひじき・切り干し大根・麩・海藻・春雨など。昔からどこの山小屋でも、家庭でも使われてきた食材ですが、近年は調理の手間や、好みの問題で利用が減ってきているように思います。
ちょっぴり地味な印象もありますが、栄養豊富で軽くて長持ち!山には最適な食材です。
雲ノ平山荘では定番の煮物のほか、和え物、サラダとふんだんに使用しています。
乾物以外には、豆類、缶詰、ドライフルーツなど、常温で長持ちする食材を常備しています。
生鮮食品では、日持ちする根菜類を中心に、鶏卵も多く準備しています。
家庭ではすぐに冷蔵庫に入れることが多い卵ですが、実は常温でもかなり長持ちする生鮮食品のひとつなんですよ。

美味しいものが食べたい(食べてもらいたい!)雲ノ平山荘のスタッフですから、こうした食材を使った料理については常にアンテナを張っています。
日常の中では常温長期保存食材を探しつつ、新しい味やメニューを求めて試作し、街で外食をすれば、これは山荘で使えるのでは!?と食材と睨めっこしています。

伝統的な保存食、干しだらを再発見

さて、2020年には前述の乾物に加えて『干しだら』を導入しました。
その名の通り、鱈を干して乾燥させたものになります。
日本では素干しされる棒鱈が有名ですが、海外では韓国、スペイン、ポルトガル…さまざまな国で伝統食として食されています。以前は北アルプスの山小屋でも代表的な常備食材だったとか。

この干しだら、実はすごく手間のかかる食材です。
水で戻すのにおおよそ半日かけています。そして骨が沢山あるのです。
しかしうまく戻すと塩味が程よく、身のプリッとした感じが干物とは思えません。良質なたんぱく質も豊富です。

山荘ではこの干しだらを、白ワインベースやトマトベースで煮込み、朝食で出しています。
じっくり戻してコトコト煮込んでいるので鱈の旨味がたっぷり。ほっこりできる一品です。

これはなんだろうね? なんて会話も耳に飛び込んできますが、皆さん! その煮込みの中には干しだらが入っていますよー!
早朝、まだ疲れが残っていたり、眠かったり。そんな皆さまのお腹をやさしく満たせたらいいなと思いながら、私たちは今日も明日も干しだらを戻して煮込みます。

ちなみに当山荘は天水で全てのことを賄っています。
ですから乾物を戻す水もとても貴重。
戻し汁は味噌汁の出汁にしたり、洋風のスープになることも。美味しく食べ切ることで、環境への負荷(排水)も減らして、栄養も摂れる。そんないいこと尽くしの食の形を目指しています。

夕食の定番、石狩鍋

また、夕食の石狩鍋は、保存のきく根菜類をメインに鮭の切り身(こちらは冷凍されたとても大きな半身が上がってきます)をごろっと入れています。
味噌と酒粕の風味もよく、一日歩いて疲れた身体、冷えた身体を温めるのにうってつけのメニューです。
お鍋を囲んで取り分け合うスタイルをとることで、あつあつを召し上がっていただける上、ご自身の食べられる量、食べたい量をよそうので残ってしまうということがぐんと減ります。(コロナ禍の現在は、こちらで椀によそっています。)
出汁を取った後の鰹節や昆布も捨てることなく自家製ふりかけとなり、運が良ければ朝食で出会えるかもしれませんよ。
食材の廃棄を無くすこと、それも環境への負荷を減らすひとつの方法として考えています。

これからも進化を続けたい雲ノ平の食ですが、昔からの知恵(乾物・保存食利用)や、私たちの工夫と思いが皆さんの「美味しい!」に繋がっていれば嬉しいなと思います。

食の多様化 山荘初のヴィーガン料理

そして、最近ではヴィーガンやベジタリアンといった食の多様化が進んでいます。
特に喫茶ではそんな方のお声を聞くことが多くなりました。
2021年からは売店でインスタントのヴィーガンヌードルやカレーを販売しています。もちろん!自分たちで美味しさを確かめたものだけ、厳選して仕入れました。
ぜひお立ち寄りくださいね。

さて、最後にこのヴィーガン料理の提供について、より考えるようになったきっかけのお話をひとつ。

2020年に初めて喫茶メニューで取り入れた『チキンムアンバライス』
(当山荘スタッフが家族で訪れた動物園のカフェで食べて美味しかったのがキッカケでメニュー化。自家製です!)
こちらのお料理、アフリカはガボン共和国の伝統料理です。ピーナッツバターを効かせたチキンのトマト煮込みで、山荘ではご飯にかけて召し上がっていただいています。
なんだかよく知らない料理だけど…美味しい!のお言葉もいただき好評でした。

そんなある日、チキン不足が発生しそうになりました。
「まずい! チキンがなくなりそう!」
「台湾風チキンライス(喫茶のおすすめです!)は無くせない!」
「石狩鍋だって外せない!」(出汁に使っています)
「どこかを削らねば…」
「チキンムアンバのチキンを…抜いてみよう!」
「えーーっ‼︎ それって美味しいの⁉︎」
などと厨房内で物議を醸しつつできたそれが、チキンの入っていないムアンバでした。
でも一口食べるととてもおいしかったのです。

そんな時にやってきたお客様が肉も魚も動物性の出汁もダメだと仰る。もちろん、それまでヴィーガン、ベジタリアン向けの料理は準備しておらず、ちょっぴり申し訳ない気持ちでいたのですが、ピン!と来ました。
「今日のムアンバ、チキン入っていないよ! 動物性の食材一切入っていないよ!」
最初はチキンのないムアンバなんて…と思っていたのに、こんなにマッチする方がいらっしゃいました。しかもとても喜んでいただけました。

チキン不足というピンチと思い切りが生んだメニュー『チキンムアンバ(チキン抜き)』は、私たちがこれからの山小屋の食を考えるための大きなヒントを与えてくれました。

このムアンバ、チキンは入っていませんが豆がたっぷり入っているので食べ応えもしっかりありますよ。
出会えた方はぜひ食べてみてくださいね。

私たちの取り組みはこれからも続きます

山ゆえの特殊な事情や自然環境への配慮、また、これからも変わらずに永く山荘を運営していくためには、制限されることも不可能なこともやはりたくさんあります。
でもどんな課題もハプニングも、冒頭の想いをベースに、自由な発想で取り組んでいきたいなと、そんな風に思っています。

文責:芝田 洋子
メニュー開発:伊藤 麻由香、芝田 洋子、帯刀 陽、山本 麻美
撮影:森田 友希